瀬戸内・宇沢フォーラム (2) : 直島
宇沢フォーラムが開催される直島(なおしま)にやってきました。
直島で最初に開発されたキャンプ場をゲストハウスに改装した「つつじ荘」に宿泊しました。
モンゴルのテント・パオの中からは、布一枚越しに潮騒や陽光が常に感じられます。
目の前は海。
宇沢フォーラムで登壇するセッションのタイトルが「とりまくものたちと生きる ~文化・科学・生命~ 」となっているため、そのコンテクストを知るために早速調査です。
犬島と似て花崗岩が砕けた大粒の砂利。
銅のカラミはないため白く綺麗ですが、透明度は1メートル程度しかありません。
水中から見上げると、太陽が割れています。
やはり梅雨の大雨による本州沿岸からの流出で濁っているようです。
海底の岩や砂地には様々な海藻が群生しています。
海藻を食べるアメフラシのたまご、通称うみそうめんも漂っています。
浅瀬で小ぶりですが貝類。
小さなハゼ類や、小型のクロダイを呼び寄せて遊びました。人間に擦れておらず好奇心旺盛な魚たちです。
40cm程度のボラとも磯ではち合わせました。モリを持っていれば食料には困らなそうです。
丘に上がれば、草間彌生の「南瓜」。
風景に充溢する存在感を感じます。
この南瓜に象徴されるように、自然の中で見ると、アートとは他ならぬ人工物の極まった表現であると感得されます。
しかしこの南瓜の鮮烈な警戒色のフェロモンに誘引されるように、何故か独特の「かわいさ」が視界にも滲み出し、やがて彼方の山海の全景からも芽吹き出してくるのです。アートという装置を通じて、人工と自然という対極的な存在同士の呼応が我々の裡に起きるのです。
その中で泳ぎ回り、水中の無重力の揺れ間から世界の平衡を再確認しようとすると、まるで記憶喪失の人間が新たな世界の輪郭を掴もうともがくように、天地の感覚さえも混濁して一種の実存的な「酔い(la nausée, 注1)」に全身が包まれます。
時間をかけて凝視すると、それが感覚を超えて情緒のレベルまで深まり、新たな世界の陶酔が身体の奥深くにまで定着してきます。
それは高鳴るハートビートや軽快な足取りとして我々の身体を通じて測定可能な客体レヴェルに現出するだろうし、それは主観を伴いつつも機械で測定可能な客体同士の連鎖反応を惹起するという意味で、間客観性(inter-objectivity, 注2)の領野をその背後に浮かび上がらせるように感じられます。
翌日はフォーラムの会場となるベネッセハウスで、直島の開発の歴史についてレクチャーを受けました。
創始者の福武總一郎さんの理念を表す3つの言葉。
いずれも協生農法とも深く通じるものがあります。
どのような人生経験を経てこのような理念に至られたのか、とても興味が湧きました。
バスで案内していただき、島内各所を見学しました。
直島コメづくりプロジェクトの現場。
宇沢弘文の社会的共通資本の文脈にも関連して、単なる食料生産ではなく豊かな暮らしの営みとしての農を追求することを掲げて活動されています。
ハウス内には、協生農法でも活用するシャシャンボやドングリ類など、島内の自然植生の樹木の苗木が育てられていました。
田んぼには田植えが終わってスクスクと育つ稲。永らく耕作放棄されて荒れていたので、最初は地元の方々は半信半疑だったとのことですが、福武財団の取り組みによって今では少しずつ水田が復活しています。慣行農法で育てています。
よく見ると葉がちぎれているのは、ヌートリアに齧られたのだそうです。ヌートリアは昔毛皮を取るために南米から移入した大型齧歯類が野生化した外来種です。
他にもスズメやイノシシなどに稲穂を食べられてしまうため、電柵が設置されていました。
直島の家プロジェクト「角屋」。
ボロボロだった民家と蔵を改装しています。
中には宮島達夫さんの"Sea of Time ’98"。
作家が2ヶ月ほど島に住み込んで、地域の住民の方々と一緒にLEDの数字がカウントされる速度をそれぞれの感じる時間感覚で設定して創り上げたそうです。
設置から20年を経た2018年にはその第二世代の設定が行われ、世代を跨いで受け継がれていくアートとして地域のコミュニティと共に成長していっています。
海沿いの高台にある護王神社へ。
鳥居の後ろの崖に沿って、大振りのアサガオが満開でした。
杉本博司さんによる古墳から神社への変遷期を意識したというデザインは、和の国の精神的ルーツをより深く志向しつつも、近代的な素材と調和した硬質の輝きを纏っています。
神社のガラス階段の下に広がる地下室にも参拝できます。
横に開いたスリットのように細い入り口から中へ。
雨で水が溜まっていましたが、巨石の下に護られた胎内には、光の階段に導かれるように集まった冷気が蔵まっていました。
帰り道から見る外の光は、生まれ変わりのモチーフを想起させると同時に、徐々に視界の中央に一本の水平線が浮かび上がってきます。
空と海を等しく分かつ一本の水平線は、作者の杉本博司さんの作品に繰り返し現れ、島内のベネッセハウス・ミュージアム棟にある写真作品でもそのリフレインを味わうことができます。
直島ホール(直島町民会館)は、町を南北に通り抜ける風の通路を施設の自然空調に活用したダイナミックな建造物です。
中に入ると一面白漆喰のホール内に地下からの涼風が吹き通り、中央には歌舞伎や人形浄瑠璃の舞台が置かれています。
災害時には住民の避難場所としても使えるように、端の畳は寝床としても使えるような間取りで並べられています。
暑さの中にも、水面の光が白漆喰の軒下に反射して涼しげな紋様を映しています。
併設の集会所も、中央にスリットが入った檜造りの大屋根と、島の石灰岩を利用した通路が好対照を成していました。
建築家・三分一博志さんによる“The Naoshima Plan 「水」”。
入り口は明治時代から残っている郵便局の建物跡をくり抜いたアーケード。
奥には江戸時代から残っている古民家と井戸を活用して、あふれんばかりの水の豊かさを感じて寛げる場所が用意されています。
年季の入った土壁を丸ごと保全することで、渾々と湧き出す井戸水の清涼さに足を浸しながら、地域が経てきた永い時間も感じられる空間となっていました。
町歩きの後は、再びバスでベネッセアートサイトに戻ります。
途中の斜面には人工物がほとんどなく、島内の自然植生から採取した種苗で緑化しているそうです。
場所によっては崖崩れなどのリスクも起きますが、それらをコンクリートで固めてしまおうとせず、訪れた人々が美術館のエントランスまでのアプローチを十分に自然環境を通じて味わえるように、一つ一つ保全されています。
美術館の外部にまでこのような繊細な意識が張り巡らされていますから、とにかくただ歩いているだけでも、足元から水平線まで、風景自体が一種の高雅な一貫性に包まれているように感じます。
それに歩調を合わせるように、スタッフの方々の案内や説明も素晴らしいものでした。
李禹煥の「無限門」と「関係項」。
経済原理による様々な財の加工が、やがて自然と人工を不幸に乖離させることを見越したかのように、60年代後半からアートにおける制作・加工過程を払拭した「もの派」を立ち上げた李氏の作品は、即物的な石や鉄板の中に、却って樹々のさざめきや水のせせらぎを内包した森羅万象を想起させる。
ここでも、草間彌生の「南瓜」に惹起された間客観性(inter-objectivity)が、より原初的で人間による加工や制作を経ない「もの」そのものの関係性の中に提示される。
最後に訪れた安藤忠雄氏設計の地中美術館とその展示は、写真や言葉で表現できない重厚な経験でした。
Claude Monet の睡蓮が浮かび上がる白い空間
James Turrell の色彩に溶け出す身体
Walter De Maria の宇宙の均律
いずれも、アプローチの睡蓮の池から、エントランスの空に開かれた回廊、そして最後の三角コートのスリットまで、安藤建築と現代アートの個性がぶつかり合うダイアローグが展開されていました。
直島の豊かな自然の裡にアートが引き起こす実存的な酔いの中で様々な対話を深めながら、本番の宇沢フォーラムはスタートしました。
舩橋は第二部で独立研究者の森田真生さんと対談を行いました。
わずか二日間の間に共に経験したことが、ヴィヴィッドな表現となって次々と飛び出し、モデレーターの渋澤健さんのガイドもあり、60分という短い時間の中にもエッセンスが凝縮されていたのではないかと思います。
今回お招きいただき現地を案内していただいた 宇沢国際学館・福武財団・ベネッセホールディングス の皆様に厚く御礼申し上げます。
注1:フランスの哲学者 Jean-Paul SARTRE が実存主義を打ち立てる著作となった『嘔吐 La Nausée』に繰り返し現れるモチーフである、人間が世界の実存的相貌に触れた時に起きる全人格的な目眩、酔い、吐き気のような感覚。
注2:科学で扱うような部分的な機械論的解釈を超えて、事物の存在の(多様な機能を包含する)総体としての客体同士の関係性が、優れたアートと向き合う濃厚な時間から生じてくるように感じられ、今回の旅で森田真生さんとの対話の中から間客観性(inter-objectivity)という表現が深まっていった。その前提となる間主客観性(inter-subjective objectivity)の定式化は以下の論文を参照。
Citizen Science and Topology of Mind: Complexity, Computation and Criticality in Data-Driven Exploration of Open Complex Systems
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