協生農法・拡張生態系に関わる人々の越境と社会普及のためのフレームワークについて
- 2022.12.20
- 活動報告
- Syneco Portal
当社団の理事も務める本條陽子さんが、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)の広報オフィスとして協生農法・拡張生態系に関わってきた経緯をソニーCSLがグループ内で発行しているメルマガ「T-POPニュース(No.206)」に寄稿しました。
一部修正・加筆の上、関係者の許可を得てここに転載します。
協生農法・拡張生態系に関わる人々の越境と社会普及のためのフレームワークについて
「六本木ヒルズけやき坂コンプレックス」という7階建てのビルの屋上に小さな庭園があります。六本木ヒルズ設立当初からあるその庭園には日本の四季折々を象徴するような木々(さくらやモミジや百日紅)に加え、田んぼや畑などもあります(一般非公開)。その畑で、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)研究員の舩橋真俊さんの研究テーマである「協生農法・拡張生態系」の実証実験が2019年から行われ、今年で4年目を迎えています。(https://www.sonycsl.co.jp/press/prs20191029/)
日本の原風景を再現しているかのようなその空間は、六本木ヒルズの高層タワーから覗くと坪庭のようにも見えますが、都心のビル屋上とは思えないくらいの素晴しい庭園です。そこから空を見上げると、無心に宇宙に思いを馳せたり、少し大げさに聞こえるかもしれませんが、自分がそのまま生態系ネットワークの一部であると実感することもあります。多い時には毎週、少ない時でも2-3週に一度は協生農園のメンテナンスや観測、取材対応や案内に現地を訪れていますが、いつしか生態系に関わる活動は自分の生活の一部になっていると感じます。
今回はスタッフである私がこの実証実験にどのように関わり、それがどのような展開を迎えているかについて紹介します。また、研究成果の社会普及のためのフレームワークに関する一案も共有できればと思っています。
発端は、2015年国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、国際目標SDGsに注目が集まり始め、メディアから、舩橋さんの提唱する「協生農法・拡張生態系」に関する取材依頼が増えたことでした。当時私は既にソニーCSLの広報・コミュニケーション全般を担当していましたが、メディア対応する中で、自分が農法や生物多様性についての基本知識に乏しく、舩橋さんの研究内容をうまく第三者に説明できていないことを痛感します。
そんな矢先、今度はソニー本社ブランドマネージメント部より舩橋さんと協生農法を取り上げるSony Stories動画製作の打診があり、その製作にソニーCSL側から携わることになります(https://www.sony.com/ja/brand/stories/ja/our/products_services/sonycsl-ga/)。また、ソニーグループ本社13階の食事処「THE FARM」(現在閉鎖)に協生農園で収穫された食材の提供にも協力しました。
その過程で、伊勢にある(株)桜自然塾が運営する協生農園を訪れたり、自然に触れる機会に恵まれたものの、生物多様性とも農業とも疎遠に都市空間で生活している私には、研究所が全球的な課題(Global Agenda)に取り組むと標榜する中、依然として生態系・生物多様性をテーマとする「協生農法・拡張生態系」をうまくとらえることができませんでした。
そこでどうにか手元で「協生農法・拡張生態系」を実装し、自ら学びながら、また、実際の農園を通して研究紹介を可能とするショールームも兼ねた空間を持てないかと考えるに至るのですが、ソニーCSLが入っているビルはテナントで屋上や1階屋外の共有スペースなどを使用できないと言われてしまいます。庭やベランダ付の賃貸物件も探しはじめ、所長の北野さんに相談してみたところ、ご紹介いただいたのが、森ビル株式会社(以下、森ビル)の役員の方でした。
それから約半年ほどかけ、森ビルとの協議・調整がスタートします。その協議には舩橋さんにも何度か直接ご協力いただきました。そして、場所選定から実験内容などの協議を重ね、翌年、2019年3月にスタートしたのが六本木ヒルズ屋上庭園での実証実験です。
屋上では西アフリカでの実証実験をはじめ、今までに露地栽培で得た知見などを元に協生農法・拡張生態系の導入・実装を行い、都市でも拡張生態系が実現可能かを検証することから始めました。畑には200種類以上の有用植物を混生密生。また3パターンの異なる土壌を用意した特別なプランターも5基設置し、野菜・果樹を中心に周囲に100種に上る植物種を配置し、維持管理しながら生育状態の変化を現在も継続観察しています。
そして、このように拡張生態系をダイナミックに保存(「動態保存」と呼んでいます)しながら、研究を行うための「場」を舩橋さんをはじめとする研究プロジェクトチームに提供、屋上は風も強いことから、機材や各種センサーの常設まではできませんが、土壌やプランターから排出される水の解析などが定期的に行われています。そこからのデータを用いた論文 (論文1 & 論文2) やBook Chapter の発行等にもつながっています。また、ソニーグループ本社R&Dセンター(RDC)によるAR/VR技術を活用した実験も屋上庭園で行われました。なお、六本木ヒルズの屋上庭園を模したレプリカとARデモは今年の3月よりソニーグループ本社のソニースクエアにて展示されています(一般非公開)。
他方で、もともと課題と認識していた「生態系」や「生物多様性」について、第三者にわかりやすく伝えるという活動もスタートさせています。
具体的には、「協生農法マニュアル」(https://www.sonycsl.co.jp/news/3802/)に沿って協生農法を実装し、その実験から得た各種情報をわかりやすく提示する冊子の開発に着手しました。屋上での一連の作業は当初より、元ソニークリエイティブセンター所属のデザイナー福田桂さん(現一般社団法人シネコカルチャーのナビゲーター)と共に行っています。福田さんは拡張生態系を学ぶための入り口として「シネコポータル(Syneco Portal)」を構想、小さな拡張生態系に名前を付けることで、人と生態系との関わり方や、その周囲の環境、そして他の場所にある別のシネコポータルや未だ見ぬ人々とつながるインタフェースをデザインされています。福田さんとは以前より東京国立博物館のナビゲーションガイド制作などで協業しており、課題の本質を見極め、また、アウトプットの文脈を掘り起こすことを得意とされていることから、今回も早い段階から私の抱えている問題意識を共有してくれていました。「協生農法・拡張生態系」に関しては、自ら実装に関わってみることをアドバイスしてくれたのも福田さんです。
シネコポータルを通した生態系とのお付き合いには正解があるわけではありません。そのため「協生農法・拡張生態系」の実装に取り組み始めた頃は戸惑いも多かったように思います。ましてや私自身は花や実で植物を判別することはできても、葉で植物を同定することはほぼできず、しかも昆虫・両生類が苦手とくれば、もどかしいこと限りありません。最初の頃はシネコポータルに植える植物を一つ一つ記録したり、名札を付けながら進めていたのを思い出します。植物が夏枯れしたり、育てようとしていた植物がムシに食べられるのを見てはいちいち心を痛めることもありました。今でこそ一人でも農園で平然としていられますが、当時は複数人で作業することに救われていたようにも思います。自分の中に問いが立つとそれを聞ける仲間もいれば、他人の生態系とのお付き合いの仕方から学ぶことも多くありました。実証実験4年目に入った今でも生態系との付き合い方がうまいとは言えませんが、それでも屋上庭園で四季が3回巡り、その中で大小それぞれのペースを持つ植物を感じながら、循環する生態系ネットワークを体感できるようになってきています。
現在、福田さんとは、舩橋さん監修の元、拡張生態系の仕組みや作り方を学ぶためのハンドブック「シネコポータル:拡張生態系入門キット」(https://www.sonycsl.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/synecokit_ver04j20220525.pdf)もあわせて製作・公開しています。このハンドブックに従って、どなたでも実際に植物を混生密生させるシネコポータルを作ることができます。出来上がったポータルは、循環する生態系のネットワークを体感するための装置となり、継続的な学びにつながることも期待されます。今年に入ってからはソニーグループ、教育プログラム「CurioStep with Sony(キュリオステップ)」の新たな取り組みとして、全国の小中学校と一緒に、ソニーの環境教育プログラム「シネコポータル・ワークショップ」の提供にも協力しています。(https://www.sony.com/ja/SonyInfo/csr/ForTheNextGeneration/curiostep/activity/synecoportal/?s_tc=syneco_sw0609pr)
上述の通り、当初の予想以上に様々な実りに結びついている六本木ヒルズ屋上の実証実験ですが、屋上庭園自体が研究成果の社会普及させるための一つのフレームワークとして機能するとの発見もありました。冒頭で記した通り、屋上庭園には様々な樹木に加え、田んぼもあります。そのような空間では、生態系を俯瞰した形で研究テーマを紹介することができます。人間がどのように生態系に関わるかによって、片や1種類の植物の生育に特化した田んぼから、多種多様な植物を混生密生させる拡張生態系まで、多様な取り組みが可能であること、また、その間にも無数の関り方の選択肢があることを示唆できます。このように多面的に切り取ることを可能とする「場」の構造(「しつらえ」と呼んでます)は、招き入れた人々に研究成果の範囲を超えた関心を喚起し、また、新たな創発へのインスピレーションを与えたり、次の流れを作りだすポテンシャルがあるように思います。
そして「場」が研究の社会化のフレームワークとして機能していくにはいくつかの条件があるように思われます。まずは、通底するコンセプト。屋上庭園の場合、それは「人が関わることで生態系は縮退も拡張もしうる」という舩橋さんが提唱する「協生農法・拡張生態系」の基本的な概念の一つです。次に、「場」に対し、“Sense of ownership”を持つ主体です。この主体は必ずしも研究者本人である必要はありません。ただ、主体主はコンセプトに対し、具体的で有期の目標設定と活動の定義をする必要があります。既にその「場」にある文脈を活かしてもよく、複数の切り口からコンセプトを多面的に捉えようとするほどに「場」は機能します。そして、コンセプトや活動、目標に賛同してくれるコラボレーターたちとの協働を通すことで、研究成果は普及の流れに乗っていけるように思います。そして、コラボレーターの幅や地域が広ければ広いほど、ますます、異なる関心を持った人々にリーチしていくのかもしれません。
対象は生態系なので、具体的なアウトプットにつながるまでは若干時間がかかるかもしれませんが、そこには外に開かれた可能性と希望を感じます。そして、その先にまたどんどん新たな「場」のコンステレーション(星座のように点と線で連なっているもの)に繋がっていくことを願っています。
(ソニーコンピュータサイエンス研究所 本條 陽子)
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