エジプト視察(1):Aswan

エジプト視察(1):Aswan

11月半ばより、生物多様性条約COP14のためにエジプトに滞在しています。
ついでに、エジプトの古代から現代に渡るまでの食料生産性について知見を深めるべく、ナイル川沿いに視察を行いました。

ナイルの上流から下流に向けて下りながら視察するために、先ずは南部のAswanに向いました。
移動の飛行機はどれもCOP14の広告がついています。

Aswanと言えばアスワンハイダムです。実際にその上に立って、建立方法や仕組みについて学びました。


エジプト内でもナイルの上流は非常に乾燥しており、Aswanでは最長6年間降水量がゼロだった記録が残っています。アスワンハイダムは、そのように降水量がほとんど見込めないところに巨大な人造湖を造ってしまうという国家プロジェクトで、今でも「エジプト人自身による達成」という国威発揚的な広告を見かけます。
アスワンハイダムはソ連邦からの技術協力で建設されており、その記念碑も建っています。

ナセル湖の中の小島にあるPhilae神殿から、アスワンハイダムとソ連の建設記念碑を望む。

ナイル川はその名の通りナイルワニが有名ですが、ダムの建設によって、ナセル湖より下流のワニとカバは一掃されたそうです。食物連鎖の頂点の種が絶滅したことで、下流の生態系は大きく変貌したことが推測されます。

Aswan中心部では、ファルーカと呼ばれるヌビア人の船で移動します。動力が一切ない風のみの操船です。

ヌビア族の人々は、ダム建設のため地元を追いやられた過去があります。現在は補助金を受けてナセル湖周辺に住み、Aswanではファルーカの観光船を運営しています。

中洲にあるアスワン植物園にやってきました。元々はイギリス統治時代の庭園です。

潅水することで南米やインドなど世界中の熱帯ー亜熱帯から集められた植物が育っています。
協生農法による拡張生態系を構築する場合、これらの種が導入可能であることが伺えます。

植物園の対岸は一切の植生がない砂漠です。有機物の無い砂漠であっても、密生混生させて潅水することができれば豊かな森に転換することが可能であることがわかります。

翌日は早朝にAswanを発ち、夜明けを見ながらナセル湖沿いに車で走ります。

砂漠の闇から、全てに形と色を与える橙色の太陽が昇ります。
ここのお天道様は、地上の生きものを育むというより、大地を描き出し生殺与奪を握る絶対的な存在に見えます。

アスワンハイダムの建設に伴って水没するはずだったアブ・シンベル神殿。UNESCOの救済事業で約60m上方に移されて見学することができます。


建造したのはラムセス二世で、自身の墓に加えて妃の墓があり、大神殿と小神殿から成ります。
太陽の運行を基準に設計されており、一年で2日だけ奥のチャンバーの三体の神像(4体目は黄泉の国の神なので光が当たらないようにしている)に太陽光が届く精巧な仕組みになっています。

初めて見るファラオ文明の遺跡は圧倒的なスケールです。
このような大神殿に象徴されるようなファラオ文明が4000年前から勃興したのは、6-8000年前のアフリカの湿潤な気候(African Humid Period)の終焉後、自然資源の減少に伴い富の独占的集積に社会的権威が生じたためではないかと思いました。
現在のナイルは、川沿いの薄いライン状にしか植生がありません。数メートルから数十メートル内陸に入ればすぐに岩石とサラサラな砂の砂漠になってしまいます。過去の文献や壁画などの記述は残っていないようですが、地質学的にはファラオ時代もこのような乾燥した気候であったことがわかっています。
このような厳しい場所で、農業の次に人間の存在を示せるのは神殿づくりだったのかもしれません。
Aswanには至る所に巨大な石群があり、古来より石の産地として有名です。これらを動かしてみせることが権力の直接的な表現だったのでしょう。

その後、近くのヌビア人の村で漁業の様子を見せて貰いました。

Boltiというティラピアのような魚を網でとっています。冷蔵庫が無いので毎日市場に卸しに行くそうです。

魚の表面にはアラビア文字で「アラー(神)」と読める模様があるので、神聖な魚なんだと笑顔で教えてくれました。

街の魚屋の様子。冷蔵していないので売り切りで、時間になると地元の人々が集ってきて賑わいます。

伝統料理のTajine鍋にしていただくと非常に美味でした。アスワン滞在中で最も美味しかった食事です。

ナセル湖は広大な砂漠の中にアスワンハイダムによって造られた、全長550kmに及ぶ巨大な人造湖です。水蒸気の対流が突然起きているせいか、湖の縁にはライン状の雲が形成されていました。

砂漠の中をさらにひた走ること数時間、New Toshka と呼ばれる地域にあり政府が管理する大規模農業試験場を見学しました。
軍事施設なので詳細は載せられませんが、砂漠の中で大規模なモノカルチャーを行っており、土壌構造との関連で面白い知見が得られました。
以下はGoogleMapで見た写真です。

一面の砂漠の中で、Pivotと呼ばれる円形の自動散水器がゆっくりと旋回し、ヒマワリ、アルファルファ、コーン、サフランなどを作っていました。


巨大トラクターで40センチほど耕し、窒素リン酸カリの顆粒を種に混ぜで蒔いています。
円形に周る散水設備で水を散布し、虫害が出たら水に農薬を混ぜるそうです。
収穫輸送コストがかかりすぎるので果物は栽培しておらず、4種類のstaplesのみの畑が広がっています。

枯れかけたコーン畑は、映画「Interstellar」に出てきそうな光景です。

エジプトの大地は、元々地中海の海底が隆起し干上がってできた高塩土壌で、脆い砂岩の層に水が浸透しないという問題があります。
フィールドを少し掘ると、縦には割れにくく横に割れやすい黒鉛のような砂岩で埋め尽くされています。

New Toshka の研究者たちに、生物多様性を活用した土壌の透水性の改善法を提案しました。アラビア語しか通じなかった為、以下のスケッチを残してきました。

元々New Toshkaの農業試験場はナセル元大統領が開拓しましたが、地元農民の雇用創出に用いずに、サウジアラビアの王子に売ってしまったそうです。その後買い戻しましたが、エジプトは軍事国家であり大臣の上に将軍がいるため、ここも軍の管轄になっています。別の地方から管理者を連れてきているため、地元民にはあまり恩恵がないそうです。(その後、カイロでエジプトの農業系企業のCEOたちと会合した時もあまり評判は良くありませんでした。)

以下は、現地でRAIIの責任者に公開して良いと許可を得た情報です。
・2008年プロジェクトスタート(start digging)。2009年栽培スタート。
・2018年現在、1000acresの土地にて67機の大型水撒き機(irrigation system)で4種の作物(トウモロコシ、ヒマワリ、サフラン、アルファルファ)を栽培中。
・近々、太陽光パネルも導入予定。機械はすべて米国などの外国製(機密情報なので触れられず)。人手のみエジプトとのこと。
・土地が水平方向に固い層になっていて、縦方向に水が吸収されない問題に悩まされているとのこと。土地の pH は 8.5, EC(電気伝導度)は 15 mS/cm 以上。
・地質学的に土地は元々地中海の一部だったと推定されており、極めてsaltyな土壌。
・水はナセル湖より引いている(canal)。総距離100km。地上にむき出しで蒸散が多く、水路内に雑草も生えているため、水効率が悪いという批判もある。
・ピラミッドやアスワンハイダムなどに続く、国を挙げての壮大なプロジェクトということで鳴り物入りでスタートした。
だが、プロジェクト開始にあたり、土壌の事前調査はされなかったとのこと(ガイドさん情報)。結果、想定されたほどの成果、収穫につながっていない。
・土地はもともと、military baseだったところ。それをいきなり、エジプト政府がサウジの王子に払い下げしてしまった。
その後の話で、アラブの春以降、土地の半分はエジプトに返却されたとのこと。もともと民主的なプロセスを経ずに政府上層部の取引で土地の売買が行われていたと推測されている。
・肥料として散布しているのはPhosphate, Nitrogen, Potacium。種と肥料を混ぜてまいている。
・67機の大型散水機(Pivot):
全長2700m。一基につきタイヤ54sets。
最速14時間20分で1周回転できる。
・大型トラクター(メーカーは機密情報)で深さ40cmまで耕していた。
・収穫した作物はローカルmarketへ(主にAswan)
Marketing(販路・流通方法)の制約から、フルーツなどの作物は扱えない。
以前サウジの王子が所有していたころは本人輸出用にブドウの栽培はしていたことはあるらしい。
・現場には大きな円柱側コンテナーが6個(キャパ 5000トン)
・面会した現場責任者は一日2回見回りをしているとのこと。1回4時間かかる。

おまけ:Aswanでのラクダ試乗。Aswan特産のスパイスを買いにヌビア人の村を訪れました。