八重山諸島訪問:石垣島・竹富島

八重山諸島訪問:石垣島・竹富島

 

こんにちは。研究員の河岡辰弥です。

宇沢国際学館の占部まりさんからお誘いを頂き、介護福祉業界でさまざまな取り組みをされている株式会社シルバーウッドの下河原忠道さんと石垣島でお会いする機会を頂きました。

占部まりさんは内科医であると同時に宇沢国際学館の代表として社会的共通資本に関する活動をされています。

社会的共通資本とは”ゆたかな経済活動を営み、優れた文化を展開し、人間的に魅力のある社会を安定的に維持するーこのことを可能にする社会装置”(出典:社会的共通資本, 宇沢弘文)のことであり、自然環境や社会インフラなど人類が共有で持っている財産のことを指します。 

行く途中に宇沢弘文さんの書籍「社会的共通資本」を読んでから向かい、高齢化が深刻な日本社会の未来や今必要な変化について議論をして頂きました。

その後竹富島に移動し、伝統野菜の復興活動を行なっている小山隼人さんに、文化を残す活動や島民で心を一つにする”うつぐみ”の精神についてお話しして頂きました。

市場経済中心の社会からいかにして人の心を取り戻し、持続可能な社会にしていくかについて、参考になるお話を聞きました。

できることを奪わないことの重要性

下河原さんが代表を務める株式会社シルバーウッドでは銀木犀というサービス付き高齢者住宅を運営されています。

銀木犀では施設内に駄菓子屋を設置し、入居者さんに店員として働いてもらうことで、入居者さんの役割や地域の子供達との交流の機会を創出するような取り組みをされています。

地域の子供が出入りして施設内で宿題をやっていると入居者さんが勉強を教えたり、子供達と色々なお話をしたりすることがよく見られたそうです。

コロナ禍で外部の人々の出入りができなくなっても入居者さん同士のコミュニケーションが活発になっているそうです。

また、銀木犀では入居者さんの行動をできるだけ制限せず、ご本人のできること・やりたいことを尊重して施設の運営をされているそうです。

リスクを管理しようとしすぎることによってご本人のできることや希望を奪ってしまう危険性があるとお話しされていました。

多少認知機能が低下していても普通に暮らせていた人が、ある日突然認知症という診断を受けることによって日々の生活が奪われてしまう現実があり、そのリスクについても真剣に考えることが重要だと仰っていました。

できるだけ本人のできることを奪わず、認知症になったとしてもその人の役割や仕事がある社会を作ることが非常に重要だとお話しされていました。

下河原さんは不動産やVR、サービス付き高齢者住宅など、様々な事業を手がけており、事業で得た利益でいかに社会課題を解決するかということを考えていらっしゃいました。

介護福祉業界で深刻な人手不足問題に取り組むため、介護の生理学研究会というプロジェクトを厚労省と共同で行い、介護職員の方々の専門性を高めるような取り組みや介護報酬に関する提言など、業界のために奔走されていました。

高齢者の役割、子供の居場所など、事業の中で社会課題の解決を目指し、社会的共通資本を作り出せるということを行動で示している下河原さんの取り組みは、今後の社会のあり方を考える上で、とても大きな学びになりました。

研究活動では極論を考え、向かうべき方向を示すことが求められますが、実際に社会課題の解決に貢献するためには一歩一歩足場をどう踏み固めて、理想と現実のギャップを埋めていくかという具体的な行動が重要であると感じました。

社会的共通資本としての医療とポジティヴ・ヘルス

占部まりさんは世界的な経済学者である宇沢弘文さんの長女であり、現在は宇沢国際学館の代表として社会的共通資本に関する講演活動、普及活動をされています。

社会的共通資本は人類が共有で持っている財産のことを指します。その中には自然環境(大気・水・森林など)、社会的インフラストラクチャー(道路・水道・電気など)、制度資本(教育・医療・行政など)が含まれます。

占部さんは、実際に医療現場で活躍する医師の視点を持ちながら、社会的共通資本としての医療の形がどうあるべきかを考え活動されています。

下河原さんにお話しいただいた、”できることを奪わないことの重要性”に関連して、占部さんにオランダのマフトルド・ヒューバー医師が提唱した「ポジティヴ・ヘルス」についてお話しして頂きました。

ポジティヴ・ヘルスとは、「社会的、身体的、感情的な問題に直面した時に適応し、本人主導で管理する能力としての健康」という新しい健康の概念です。

健康とは何らかの疾患であるかという状態ではなく、問題に対してどう対処するかという能力であると考えることで、単に特定の疾患になったから不健康と考えるわけではなく、何か困ったことがあった時に、本人が問題を乗り越えられる能力があるかどうかが重要となります。こう考えると、それをサポートする周囲の理解や技術、社会の仕組みの影響力が非常に大きいことが分かります。

認知症と診断されたら入院させ、徘徊しないように施錠し、センサー等で管理するようなこともできますが、社会が認知症の方々を受け入れて普段通りの生活ができるようにサポートすることもできます。

実際にオランダ・アムステルダムにあるHogeweyという介護施設では、150名ほどの認知症の方が普段と近い形で暮らせる村を作っています。買い物や公園での散策など、入居者さんがその人らしい暮らしを続けられるようなサポート体制が築かれており、そこで暮らす人々の尊厳が尊重されております。

ポジティブ・ヘルスに基づいて考えると、病気を患った時に、自分のことは自分でできて、自分らしく暮らせるようにサポートする仕組みが社会にあると、患者さん自身が問題を乗り越えて健康に暮らすことが可能となります。

患者さん本人に「何に困っていますか?」と聞いて、それを解決できるように支援できることはないか考える。社会にそういった姿勢を持つ人が増えることで、問題に直面した時に本人が適応し、乗り越える能力を向上させることにつながります。

管理効率や経済的合理性を求めるのか、「人の心」を見つめ直して豊かな仕組みや社会を構築するのか、今一度考え直す必要があると感じました。

コロナ禍で痛感した社会的共通資本の重要性

占部さんの父である宇沢弘文さんは20世紀から21世紀にかけて、大気や森林のような社会的共通資本が資本主義国では市場価値の無い自由財として破壊され、社会主義国では独裁的な政治権力のもとで汚染され、破壊されてきたことが問題だと言及しています。

環境が破壊されるとなぜ困るのか、私も研究を始める前はよくわかっていなかったのですが、生態系が破壊されると以下のようなことが起こると言われています。

  1. 気候変動
  2. 新興感染症の蔓延
  3. 免疫関連疾患の増加
  4. 食料不足
  5. 水不足

1の気候変動については、森林にいる植物や海洋生物(サンゴなど)は水循環の安定化、CO2を固定化、気候を調節する機能があるため、これらが破壊されると気候変動に繋がります。

2の新興感染症の蔓延については、表土生態系には単一のウイルスや細菌が過剰に増加することを防ぐ機能があり、これが破壊されると新興感染症のリスクが増加すると言われています。

また、居住地を追われた野生動物と人間の接触機会の増加も新興感染症のリスクを上げます。

3の免疫関連疾患とは、アレルギー・リウマチ・認知症・パーキンソン病・悪性腫瘍など免疫システムの異常によって引き起こされる疾患です。近年の研究で、環境破壊や生活習慣の変化が人の腸内環境の劣化を引き起こし免疫システムの破綻を招いてこれらの疾患のリスクを向上させることがわかってきています。

 

4の食料不足は環境が破壊されると気候変動や生物多様性の低下によって野菜の収穫が難しくなり、漁獲高の減少を引き起こします。

5の水不足は多くの森林が失われると水循環が喪失し、活用できる水が減ってしまい、乾燥地では砂漠化の原因となります。

実際に環境破壊の進んだアフリカの乾燥地帯では土壌劣化や砂漠化が深刻で、食料不足や気候難民、それに伴う略奪・暴力を生じてしまっています。

私たちは今、新型コロナウイルスの影響で非常に大変な思いをしていますが、今後環境破壊が進むとより深刻な問題を連鎖的に引き起こしてしまう危険性があります。

そうならないように、社会的共通資本を正しく運営する仕組みを作ることが未来の私たちや子供たちの暮らしを守る上で非常に重要です。

食料や水を含む資源を奪い合うのではなく、分配できる資源を増やし、奪い合う必要のない状態を作り出すことに資本や人材をいかに割けるかどうかで、未来の人類の暮らしが大きく変わります。

社会的共通資本をないがしろにすると長期的に様々な問題が起きるということが環境学者や社会学者によって昔から言われており、実際に気候変動、新興感染症、免疫関連疾患の増加、砂漠化、大規模な不作など、深刻な問題として人類に降りかかっています。

砂漠化、食料不足、気候難民などの問題が深刻なアフリカのブルキナファソで、人間活動によって生態系が回復・拡張する農法である協生農法を取り入れることで、砂漠緑化・持続可能な食料生産・同じ土地での定住が可能になることが明らかとなっています。

これは、協生農法という仕組みを通して現地の人々の営みが社会的共通資本を守り、拡張するものになった例であると捉えることができます。

経済的に発展している国においても、短期的な利益を優先し、環境破壊を行い、食料生産の質の低下を続けた結果、認知症・パーキンソン病・悪性腫瘍のような免疫関連疾患の患者が増加してしまうという現象が様々な国で起きています。これには腸内細菌叢の多様性低下、土壌劣化による食品中の免疫系の機能を支える栄養素の減少など、様々な因子が関わっていることが様々な研究により示されています。日本では資産凍結の危険性がある認知症患者の金融資産が2017年時点で143兆円あり、長期的な集団の利益を大きく損なう状況になっています。こうした本質的な問題の解決に向かう社会装置をいかにして構築できるかが、私たち、そして次の世代の人達の未来を大きく変えます。

炭素税のような環境税やグリーンボンド、サステイナビリティボンド、ソーシャルボンドといった持続可能性に対して資本が動く時代になってきており、今後は真に持続可能性へ貢献する活動へ時間や人材を割けるような社会を構築することがとても重要だと感じました。

 

占部さんとお話しする中で、かつて宇沢弘文さんが「鶴と亀が3匹いて、足が9本あります。鶴と亀は何匹いるでしょう?」という問題をお孫さんに出していたとお聞きしました。

鶴の足は2本、亀の足は4本なので普通に考えれば奇数になることは無いのですが、足は合計で9本です。

この難題の答えは「鶴の足が隠れていた」「足が一本欠けている亀がいた」と宇沢さんが楽しそうに答えていたそうです。この問題には「ちゃんと前提を確認したか」という教えがあると占部さんは仰っていました。

市場を成長させないと我々は生活ができないのか。

市場を成長させると人類は幸福になれるのか。

お金とは、そもそもどういうものなのか。

市場価値の増大のために社会の前提となる社会的共通資本を破壊してしまっていないか。

社会の報酬付与の仕組みは未来世代を含む多くの人の幸福につながるものになっているのか。

前提を疑うことは、生態系機能の低下から様々な課題が起きている現代においては、非常に重要だと感じました。

 

竹富島の”うつぐみ”の精神とお祭り

石垣島から竹富島に移動し、竹富島で伝統野菜の復興と栽培を行う小山隼人さんとお話ししました。竹富島では、道端に突然パパイヤがなっていて、道路に落ちたりしていて、気候が温暖で生態系が豊かであることが伺えました。

竹富島で小山さんと合流し、伝統種を守る活動や地元のコミュニティに関してお話をして頂きました。

小山さんは竹富島で伝統的に育てられてきた粟、芋、大豆、島ニンニクなどを栽培し、失われつつある竹富島固有の種を次世代に受け継ぐ活動をされています。

小山さんは観光業界で働きながら、竹富島の文化を守る活動を行なっています。竹富島にはクモーマミ(小浜大豆)という大豆がかつて栽培されていたそうですが、外国産大豆の流入によって栽培する農家の方が減ってしまいました。

「島の大豆で作った豆腐はおいしかった」「もう一度食べたい」という島民の方々の声を聞いて、小山さんは石垣島にある八重山農林高校からクモーマミの種子を譲り受け、島民の方と種をわけあってクモーマミ栽培を復興されたそうです。

そして収穫したクモーマミを使って竹富島の子供たちと豆腐作りをしたそうです。小山さんは島のおじいから受け継いだ知識や文化を、いかにして子供達に受け継いでいくかについて考えていたことが印象的でした。また、そうして受け継いだ文化を観光業界に還元し、訪れた人に島の魅力を伝えることに繋げたいとお話ししていました。

小山さんはクモーマミだけでなく、竹富島伝統のお祭りである種子取祭(たなどぅい)で使用する粟も育てているそうです。種子取祭は蒔いた種が無事に育つことを祈願するお祭りで、国の重要無形文化財に指定されています。

竹富島では「かしくさや うつぐみどぅ まさる」(一致団結し、協力することが何よりも大切)という教えがあり、島民の繋がりやお祭りをとても大事にしているそうです。

この”うつぐみ”(一致協力)の精神で”子供はみんなで育てる”, “みんなをいかす”, “健康と人の和を大事にする”といった島の人々が協力しあって暮らしていくための知恵が守られています。

昔は各地でこうした人の助け合いや持ちつ持たれつの関係(社会関係資本)があったのですが、個人主義的な価値観が広がったことにより、徐々に多くの地域で失われてしまいました。

竹富島ではこうした社会関係資本がなぜ守られているかというと、島民の方々が一致団結し、島の景観や文化を守っていたことが大きく関係しているようでした。

竹富島には、竹富島憲章という社会的共通資本を守るためのルールがあります。

竹富島憲章は昭和61年に観光のための開発によって伝統文化や自然環境が失われないよう制定されました。

その内容は以下の通りです。

1、『売らない』 島の土地や家などを島外者に売ったり無秩序に貸したりしない。

2、『汚さない』 海や浜辺、集落等島全体を汚さない。また汚させない。

3、『乱さない』 集落内、道路、海岸等の美観を、広告、看板、その他のもので乱さない。また、島の風紀を乱させない。

4、『壊さない』 由緒ある家や集落景観、美しい自然を壊さない。また壊させない。

5、『生かす』 伝統的祭事行事を、島民の精神的支柱として、民俗芸能、地場産業を

生かし、島の振興を図る。

竹富島の海岸や道路ではゴミを見かけませんでした。豊かな自然と文化を守るためには共有地の管理方法や理念が重要なようです。

 

石垣島で「キジムナーの宿る森」の付近を歩いていた時に、たくさんのゴミが捨てられてしまっている様子が印象的でした。近くにある島でもコミュニティのルールが異なることによって共有地の状態が大きく変わるということを感じました。

このように共有地が汚れてしまう現象は「コモンズの悲劇」の問題であると言えます。

「コモンズの悲劇」は1968年生態学者のギャレット・ハーティンによって論じられたもので、誰もがアクセスできる共有資源が乱獲されることによって資源の枯渇を引き越し、全員が損失を受けてしまうという状況を示します。

 

共有地に誰もがアクセスできる状態で、複数の人々が畜産業を行うと仮定します。それぞれが自身の利益を最大化しようとすると、過剰に放牧を行ってしまい、環境が破壊されることによって牧草が尽きてしまい、全員が損失を被ることになります。

このコモンズの悲劇は、アフリカの乾燥地帯では実際に過剰放牧による砂漠化として現実の問題となっており、日本でも乱獲による漁獲高の低下が問題になっています。

大規模な森林伐採や生物多様性の低下、生態系機能の低下は前述したように気候変動・新興感染症の蔓延・免疫関連疾患の増加・食料不足・水不足など人類全体にとって非常に深刻な問題を起こします。一方で、環境問題は複雑であり、誰のどの行動が過剰で破壊活動に繋がっているのかという因果関係を分析することが難しいという課題があります。

経済的合理性を追求すると社会的共通資本が破壊されてしまうというというトレードオフがあり、誰も悪気がなくても、それぞれが目的を追求することで、コモンズの悲劇を招いてしまいます。

観光業と伝統文化の保全の両立を目指す小山さんと竹富島の島民の方々の取り組みは、経済活動の中で、助け合いの文化のような社会的共通資本を守っていくことができるということを行動で示しているように感じました。

共有地や共有の財産、社会的共通資本をいかにして運営するかということは社会の持続可能性を考える上で重要です。

竹富島の”うつぐみ”の精神と小山さんの取り組みの話を聞いて、「コモンズの悲劇」を乗り越えるためにはコミュニティ、組織や社会のルールが重要であるということを学びました。

限られた資源を他者や未来世代から奪うのではなく、配れるパイを増やすためにはどのように行動し、社会の仕組みを少しずつ変えていくかについて真剣に考え、行動していくことが重要だと感じました。

 

現在、私は人の活動によって生態系の機能が向上し、気候変動・新興感染症及び免疫関連疾患の蔓延・食料不足・水不足に対する抑止力となる未来の実現を目指し、研究活動を行なっております。

これまで経済発展のために破壊されてきた社会的共通資本を守る社会的な仕組みをいかに構築するかが、未来の人類の暮らしの豊かさを大きく変えます。

これを実現することは大変難しいことですが、様々な業界の方々と議論を重ね、良い仕組みを作れるよう尽力したいと改めて感じました。

 

長文となりましたが、お付き合い頂きありがとうございました。