陸編 (1):天草・熊本

陸編 (1):天草・熊本

天気が崩れる予報のため早めに切り上げた第二レグですが、九州西岸に来たついでに現地の歴史文化、食料生産、環境問題などにまつわる場所を見て回りました。

停泊地の近くにある天草四郎時貞記念館。
独特の外形の建物が上天草物産館の前で異彩を放っています。

内部は写真撮影不可でしたが、ポルトガル人宣教師が乗ってきたガレオン船の1/2模型を始め、隠れキリシタン信仰の遺物を含め様々な展示がありました。特に島原の乱の解説は凄惨でした。
思えば多少カリスマ性があったにせよ、弱冠16歳の天草四郎時貞を掲げて、3万7千人もの天草の農民達が信仰の自由を掲げて最大規模の一揆を起こし原城に4ヶ月間立てこもり、最後は幕府軍によって老若男女一人残らず皆殺しにされた宗教史的に見ても大きな虐殺事件です。
のどかで豊かな自然が広がる島原・天草にも、このような悲惨な時代があったのです。

Takato Yamamoto氏による島原の乱の創作イメージ

原城落城の図

その後、日本は本格的な鎖国時代に入りますが、潜伏キリシタン達は300年にわたって信仰を守り続けます。

原因には諸説ある島原の乱ですが、この記念館では天草四郎が説いていたという「天地同根萬物一体 一切衆生不撰貴賤」(天と地は根を同じくし、万物は一体である。一切の衆生は貴と賤とを撰ばず) を前面に出し、当時の階級社会に対して、今日の基本的人権や平等にも通じる(西欧から渡来し感化された)普遍的価値観を守る戦いであったとまとめられています。
島原の乱については、宗教弾圧に名を借りた農民弾圧であったという説から、一揆ではなく宗教戦争の色合いが濃いという説、また宣教師達の評価も単なる西欧的文化の伝道者ではなくポルトガル人の交易を有利に進める媒介者であるという役割から、一部の宣教師は日本人の人身売買を行なっていたという説まで、歴史解釈は重層的に入り乱れています。

個人的には、隠れキリシタン信仰は他のコミュニティーから隔離したりと形式的には若干原理主義的な色合いが含まれているように感じました。
天草四郎が指示して原城内の一揆勢を一つにまとめるために書いたと言われる「四郎法度書」も、「幕府と戦うのが神の意向」「裏切ると神の罰が下る」程度の文面が多く、あまり知性を感じませんでした。(その一方で、矢文につけられていたという「天地同根萬物一体 一切衆生不撰貴賤」には宗教的な深みを感じるので、果たして同一人物が書いたのかどうか真相はわかりません。)
それが一揆という形をとり今日見られるようなテロリズムとは違った内戦の様相へと発展したのは、情報通信技術や銃火器が普及していなかったためだったのでしょうか。
部分的に見ると謎は多いのですが、それでも天草四郎というリーダーの元に団結して、死を厭わず戦い抜いた3万7000人の命の実存というものは抜き差しならないものがあります。

今日の環境問題を考える際にも、それは言い換えれば人間を頂点として人間が勝手に敷いている「生物界の身分制度」を、神=自然が作った平等なものとして捉える価値転換の戦いであるかもしれません。
未来世代から見ればそれは普遍的な価値観であり、真っ当な戦いであるかもしれませんが、島原の乱のように数百年時代がずれるだけでその帰結は「皆殺し」か「世界遺産登録」かほどに評価が分かれます。
これから2045年までのレジームシフトが引き起こしうる全球的な生態系の撹乱と社会の混乱は、島原の乱の比では無いかもしれません。
そんな時にでも、我々はキリシタン達が信じたパライゾのような価値観を持って断固と生き抜くことができるのか?
そしてその後訪れる長い長い幾世代にもわたる窮乏の時代にも、その想いを持ち続けることができるのか?
死んでしまった彼らと話して見たいことはたくさんありました。

熊本では雨の中、サントリー九州熊本工場を見学しました。

プレミアムモルツの原材料・製造工程・パッケージングを実際に稼働している状態で見ることができます。他にもサントリーのペットボトル飲料も製造している業界唯一のハイブリッド工場だそうです。

できたてビールの試飲もできます。

マスターズドリームは採算性ではなく醸造家のこだわりを優先した、まさにサントリーが作りたいから作ったビールだそうです。

サントリーでは流通に便利な海沿いではなく、天然水の水源に近い山の中に工場を作り、水源の森を保護して地下水を涵養し、天然水にこだわった飲料づくりをしていました。
プレミアムモルツに関しては全国4カ所(東京・武蔵野、京都、利根川、阿蘇)で異なる天然水を使って生産しているのですが、最後の品質管理のところで人の舌でテイスティングして発酵状態をコントロールし、違う水を使っても味に大きな差が出ないようにしているそうです。どこの水を使っているかはパッケージには書いていないそうなので、サントリーの工場の近くに行ったらその地で売られているプレミアムモルツを飲んでみて違いを感じてみるのも良いかもしれません。

サントリーは他にもペットボトルに使用されるプラスチック量を4割削減したり、梱包過程で生じるCO2を5割削減したりと環境に対する配慮をしていました。
それらは慣行の生産方式を持続可能に近づけるために必要な努力ではありますが、プラスチックを使用している以上持続可能性の十分条件ではありません。
プラスチック以外の容器に転換する可能性に関しては、「まだできてはいませんが、企業努力の中に入っていますのでご期待ください」とのことでした。

2016年の地震で崩れてしまった熊本城も訪れました。
土台の石垣が崩れてしまった戌亥櫓(いぬいやぐら)。

実は明治時代に修復された上部の新しい石垣から崩れています。つまり築城主である加藤清正オリジナルの石垣は崩れなかったというのです!

本丸は再建に向けて復旧工事の真っ最中でした。

有料区画は未だ立ち入り禁止です。

併設している城彩苑では、プロジェクションマッピングを使った熊本城の地震被害と再建計画の解説展示。

土木の神様と言われた加藤清正公の築城技術の展示もありました。

熊本城は奇しくもその城砦としての強固さを、後世の西南戦争における政府軍の籠城vs西郷隆盛の薩軍の戦いにおいて発揮することになります。

水害対策に河川の岩盤を多段にくりぬいた「鼻ぐり井手」。

地下水の流動を止めてしまい生き物の住処を奪う現代のコンクリート護岸ではなく、このような自然環境や地政学と多面的に繋がった戦国時代の治水技術は天然の水循環を活用した協生農法を地域スケールで展開する上で非常に参考になります。

加藤清正公の神社。「後の世の為」というスローガンは今でも響くものがあります。