サハラの呼び声: 8. サハラの森へ(CARFS設立)

サハラの呼び声: 8. サハラの森へ(CARFS設立)

アフリカ協生農法研究教育機関(CARFS)。ブルキナファソを中心とし、サブサハラ諸国に協生農法のトレーニング・普及活動を展開し、将来的に大学レベルの学位取得を含む研究教育機関として、3つの省庁とワガドゥグ大学、そしてUNESCOの支援を受けて発足した組織だ。
そこにはこれまで関わった人々の幾世代にもわたる祈りが流入していた。
砂漠化は貧困を呼び、貧困は争いを生み、出口のない苦の連鎖が人々を縛ってきた。
そこから脱出する細い道を、今我々はこじ開けようとしている。
もし、持続発展などというものが可能であるなら、この組織は成功しなければならない。
食料生産だけではなく、平和の構築についても、直接担うのは軍事や政治ではなく、草の根の農民たちなのだ。
この生まれたばかりの木を守り育てるのに、アンドレもロンポも捨て身で動いていた。

「俺が死んだらこの組織は腐敗する。それまでが勝負だ。だが、俺がいなくても一通りのことはできるように有望なものには仕込んである」
「お前が死んでもこの知識が残るように、まずはこのデータベースから電子化しよう」
ここでは死や欠乏が前提に議論が進む。だがそこに悲壮感はなく、淡々とした使命感と闊達な視線のやり取りがある。
鬱蒼とした暑さの中、互いが互いの頭と心に入り込む。そして時折、奥にある何かが触れ合ったと感じる時、笑顔が生まれる。

アンドレとの会話は日々少なくなってきた。お互いに、何をすれば良いのか、一つ一つの段階が明確になってきたからだ。
あと数日で、私は再びパリに戻らなければならない。
そこでも、複数の国際プロジェクトとの折衝が待っている。だが、今やいずれのピースも然るべき場所を見出しているように感じていた。
サブサハラの極限の地から、生物多様性革命を起こすこと。その一つの手段として、協生農法が極めて有効になり得ること。後は、それを実行に移す人々がどれだけ集まるかにかかっている。
それが例え1%の可能性であっても、人類の歴史というのは、クレイジーな誰かがそれを一つ一つ実現してきた過程であるからだ。
蒸気機関、飛行機、通信機器、原子力 などの科学技術の発明、それに民主主義、基本的人権、法治国家 などの社会制度の樹立、それらの達成ために、幾多の人々が命をかけてきた。そのいずれもが、持続可能性より簡単であったとは思えない。

「統計から学んだことが一つある。可能性が1%なら、100回トライすれば良い。確率的には100%実現する。」
アンドレは静かにうなづいていた。彼が時々遠くを見る目線が私は好きだ。それは理想への情熱と現状への達観が入り混じった、厳然とした未来への視線だった。先進国からは久しく失われてしまった、大きな社会変革の野望を抱えた個人が時折見せる自己超越とも自己陶冶とも思われる瞬間だった。
常にとは言わない。しかし欲にまみれた社会にあっても、人間は時に美しくなれるのだということを教えてくれていた。

乾いた砂礫が水をはじくように、単純な善意が通用するほどアフリカは甘いところではない。
これまでに幾多の欧米諸国の支援がやってきては却って問題を悪化させて撤退していった歴史が、状況の難しさを物語っている。
しかし、人智を駆使せず徒らに滅びるのを待つのは、どの民族に取っても最悪のシナリオであるはずだ。
気候変動の爪痕は各地で広がり続けている。これから2050年までに人口増加を抱え続けるアジアとアフリカ諸国は、多かれ少なかれ、砂漠化や貧困と闘わなければならない。
過酷な日照りと砂嵐が、幾多の人々の身を焼くだろう。無慈悲な洪水が愛する人々を飲み込んでいくだろう。助けたくても差し伸べる手がないまま朽ちていく子供達が大勢生まれるだろう。
それらの大部分は、他ならぬ人類の過剰な繁栄と自然の搾取による自業自得の結果なのだ。それでも我々に生きる権利があるとしたら、それはとりもなおさず我々の生き方を根本から変えていく力になるだろう。
「この砂漠は、この不毛の地は、人間が作り出したものだ。8000年前まで、サハラには湿った森林や草原が広がっていた。地層をさかのぼって調べれば確かなことだ。今でも膨大な地下水資源が眠っていると言われている。俺たち人間が、放牧や耕作のために木々を根絶やしにしてしまった。
それならば、どうだろう、同じ人間の欲が、今度はより豊かな生態系を構築する方向に向いたのなら…サハラはいつまで砂漠でいられるだろうか?
俺たち人類を生み出した大地が、再び俺たちに微笑んでくれるよう、俺にはサハラが呼んでいるように思えてならない。」
明日の地球を象徴する極限の地で、共に戦うための正当な武器を、我々はようやく手にしたように感じていた。

ー第一部 サハラの呼び声 完ー

今回で第一部は終わりです。ご要望があればそのうち続きを書きます。

生産を続けるタポア地方マハダガ村の協生農園。

ファダに住む女性のみで立ち上げた協生農園。コストがかからず導入でき、重労働なく管理できて、高い生産性と質の良い作物を供給できる協生農法の特質は、農村部における女性の自立支援にとって効果的な基盤産業を提供する。

ファダに現地の人々が設立した「マサ農業高校」のロゴと生徒たち。「最高の教育機関とは、全ての学ぶ意欲のある者が、自身の限界を超えて活躍できる場所である」をモットーに掲げて活動している。

マサ農業高校の実習菜園の様子。