岩手県遠野市のシネコポータル・協生農園訪問

岩手県遠野市のシネコポータル・協生農園訪問

9月後半に社団ナビゲーターの福田桂さんが岩手県遠野市で手掛けている農園を社団シネコカルチャーで訪問しました。

遠野市は花巻市と釜石市の中間地点に位置する内陸の町で、行きは東北新幹線の新花巻駅から1両編成の釜石線に乗り換えて遠野市に向かいました。

新幹線新花巻駅に隣接する釜石線のホーム

 

遠野駅は新花巻駅から数えて11駅目、乗車時間は各駅停車で1時間弱です。都会での何かから急かされるような精神状態から抜け出し、清適した状態に移行するにはちょうどいい長さと車両からの景色かもしれません。

遠野駅に到着したのは17時過ぎ。時勢柄、町は若干、閑散としていました。

左:遠野駅 右:宿泊施設から撮影した遠野市。中心を走る道路の突き当りに駅があります

 

翌朝、福田さんに現地で実践中の農園を案内してもらいました。

まずは、遠野駅より北方向に位置する附馬牛村にある福田宅前庭。そこにはシネコポータル(以下、ポータル)がいくつも並んでいました。

 

福田宅前庭に並ぶシネコポータル

 

これらのポータルは今年の夏に立ち上げたばかりの、特に盛り土をしていないバージョンです。ポータルは、育てたいものを中心に植え、周りの草のエリアは適宜カットしたり、多年草の根っこを排除するなどしてできたリターをドーナッツ状に配置することで充分、形状が保たれるとのことです。通路は歩くことで草が生えてきません。

ここでは特にハクサイとレタスの葉が目立って育っていました。この季節は毎日食べる分を収穫しても全然減らないそうです。

 

左:福田さんは毎朝少しずつ手入れをしながら収穫をするという 右:この日の収穫物

 

次に裏庭の方を案内してもらいました。

そこには福田さんが昨年6月、遠野に越して最初に立ち上げた、土を高く盛った畝タイプのポータルをはじめ、東京から持ってきた資材を再利用したり、植物を植え直したもの、一旦、自然植生を表面で刈って、マルチにしてからリング状に苗や種を植えていくものなど、さまざまな種類のポータルが試作されていました。

 

左:初期に立ち上げた畝タイプのポータル。盛り土が高すぎたようで、今では少しずつ土を崩し、植え直しながら、高さを戻しているとのこと。右:東京から運んだ板で縁取りしたポータル。植物も多くは東京から持ち込んだものの植えなおし

 

左右:リングを多用するタイプのポータル。リング毎に異なる種や苗を植え、それぞれの成長がわかりやすく観測できるように設計されている

 

更に玄関前にはプランタータイプのポータルも並んでいました。サイズがある程度一定な露地タイプと違って、プランター版はサイズも大小さまざまです。これらは夏の間、天水だけでどれくらい維持されるのかテストをしていたそうです。

 

左:玄関前のポータル群。右:天水だけで夏を超えるのはプランタータイプのポータルにはかなり厳しい条件だったとのこと。ただし、新芽が出ていることも確認できる

 

遠野滞在3日目には福田さんが現地でコラボレーションされているクイーンズメドウ・カントリーハウスにある農地で一部実践中の農園を見学しました。クイーンズメドウは福田さん宅から更に北側、北上山地の最高峰である早池峰山の南側に位置する里山です。

そこでも農地を4区画に分けて協生農法やシネコポータルの試作と観測実験が行われていました。

左:畝タイプで協生農法を実践する区画。右:シネコポータルを実践する区画。ここはより標高が高いため、福田宅のポータルとの比較観測が可能

 

左:種の発芽と成長を比較実験している区画。右:果樹中心の区画

種の発芽と成長の比較実験は9月に入ってからスタートしたばかりの区画で、操作のルールを定め、2軸で計9種類の土の状態を作っているそうです。以下、画像の縦軸は種まきの状態(導入種多様性)、横軸は自然植生に人間がどれくらい介入するか(自然植生排除状態)。

左から:植生を完全に排除したあと、特に種まきをしていない土。生えてくる植物は適宜排除。
中央:自然植生を表面で刈って、マルチにして戻している土。特に種まきはしていない。
右:自然植生のまま(排除無し)何も手を付けていない土。

左から:植生を完全に排除したあと、1種類(マメ)の種のみ撒いた土。
中央:自然植生を表面で刈って、マルチにして戻して1種類(マメ)の種のみ撒いた土。
右:自然植生に手を付けず植生をかき分けて1種類(マメ)の種のみ撒いた土。

左から:植生を完全に排除したあと、多様な種(称して「多様性ミックス」)を撒いた土。
中央:自然植生を表面で刈って、マルチにして戻して多様性ミックスを撒いた土。
右:自然植生に手を付けず植生をかき分けて多様性ミックスを撒いた土。

それぞれに額縁があることもあり比較しやすく、また、この先もこの区画が動態保存されていくことで、生態系の遷移過程を比較観測できることは、拡張生態系を説明したり、生態系が拡張された状況を目指すうえで非常にわかりやすい道標になりそうです。

そして最後が、果樹を中心とした区画。ここには様々な果樹が30本以上植えられ、寒冷地の気候帯でのそれぞれの成長度合いや適性を確かめていくようです。また、適宜、果樹の足元には他の植生も増やしていくとのことで、早速、入り口に一番近いスペースに、当日買って持ち込んだ苗や種の植え付けを行いました。

左右:果樹中心の区画。柑橘系(ミカン科)からイチジク(クワ科)やベリー系(ツツジ科)やリンゴ(バラ科)など多様な果樹が植えられている

 

左:当日農園に持ち込んだ植物。果樹は既に埋まっているが、ユーカリ(フトモモ科)やレタス、イチゴ、花などを追加。右:苗を追加した後のポータル。ワークが入ることで一気にモードが受動から能動に切り替わり、体験も深まる

 

最後に:

遠野市は、北上山地最大の盆地で山に囲まれており、中でも早池峰山、六角牛山、石上山は「遠野三山」と呼ばれています。そして、早池峰山の南に位置する薬師岳を源流とした猿ヶ石川は支流を集めながら遠野市の脇を抜け、北上川への合流点に向け西流しています。

柳田國男氏の『遠野物語』でも有名な遠野ですが、そこに「遠野の町は南北の川の落合にあり。以前は七七十里とて、七つの渓谷おのおの七十里の奥より売買の貨物を聚め、その市の日は馬千匹、人千人の賑わしさなりき。」とあるように遠野は太平洋側と奥州街道をつなぐ主要な拠点として、また、馬産地として栄えてきたようです。

今回の遠野訪問では遠野の立地的、また文化的文脈を踏まえ、農園以外にも随所特徴的な場所を案内してもらいました。この先、いろいろな文脈での体験ツアーやワークショップの可能性を感じる濃厚で充実した3日間でした。ご案内いただいた福田さんに深く感謝します。ありがとうございました。

左:早池峰神社。早池峰山岳信仰の中心。右:遠野市北東部に位置する、荒川高原牧場。夏の間だけ、多くの馬が放牧される

 

左:附馬牛村、猿ヶ石川脇に広がる田んぼ。右:遠野盆地から早池峰山の方角を臨む

 

左:昨年秋に陸全高田市にできた発酵パーク「カモシー」。陸前高田市は遠野市から車で約1時間の距離にある。右:岩手県奥州市水沢羽田町にある及源鋳造が直営するファクトリーショップ。南部鉄器の数々が並ぶ。新幹線の水沢江刺駅から徒歩10分の場所にあることから、帰路は水沢江刺駅より帰京

 

(おわり)