Synecocultureマニュアル
5. 気候別実践ポイント
5-1. 総論
シネコカルチャーの原理は、植物の生育に十分な 気温・降水量・日照 がある限り全ての気候帯において共通である。 しかし、世界各地の気候と植生により、実践上のノウハウや具体的な作物種の選定にはバリエーションが存在する。 以下に、植生分布に注目して設定されたケッペンの気候区分に基づいて、シネコカルチャーの各地の実践場所が属する主な気候帯の傾向を示す。
5-2. 温帯
5-2-1. 落葉樹林帯
近代文明が発展した多くの欧米の主要都市が位置する気候・植生帯である。気候区分では亜寒帯の一部も含む。 基本的にまばらな落葉樹林と低い下草で構成されているので、草管理など実践的により容易い側面があるが、 場所により冬期の気温低下や日照量不足に対応する必要がある。 雪の中に貯蔵できる作物や、地下茎として収穫可能な状態で待機できる根菜類・イモ類、 翌春まで地下室に保存しておけるリンゴなどの果樹の生産性も重要になる。 地表に刈り草マルチを積んで保温性を高めたり、作物を大きな株にして耐寒性を高めたり、 逆に小さな芽のまま越冬させることができる場合もある。 寒さに強い常緑樹や、冬場の風を遮る防風林・地形の活用も環境づくりに重要。 日本の本州より長い農閑期をどのくらい短縮・補完できるかが研究課題。 高い経済水準に応じた大規模化、生態系の拡張を支援する機械化などの応用が期待される。
5-2-2. 照葉樹林帯
日本では本州以南、九州までの気候帯。 降水量に恵まれ、無植生状態からでも放置すれば背の高い草で覆われ、長い時間をかけてやがて潜在植生の深い森へ変遷すると言われている。 本マニュアルはこの気候・植生帯を中心としたシネコカルチャーの実践経験に基づいている。
Tip
潜在植生の極相林は、自然植生が生態最適により数十年から数百年かけて到達する生態系である。 生態学者宮脇昭氏により「鎮守の森」として学術概念化されており、日本各地に植林地がある。
日本の太平洋側での実践には、北側に山林、家屋など北風を遮るものがあると冬場も生産しやすい。 農園周りに常緑果樹で防風林を作る方法もある。 伝統的に使われるマキ垣は、防風効果が高いが成長は遅い。市販の庭木のイヌマキはほとんど雄株なので、結実させるには雌株の選択が必要。
5-3. 亜熱帯
温帯のうち熱帯に近い部分で、日本では慣用的に九州南部から南西諸島にかけての気候帯。 小さな島嶼部が多いため、サトウキビ畑など慣行農地からの土壌流出がもっとも直接的に海洋生態系に影響を与えている。
管理戦略としては、果樹を植えて強烈な日差しから野菜を守ることがより重要になる。台風が多く通過する南西諸島では、防風果樹林などの風害対策が重要となる。 無施肥により植物組織が強健になり、根を長く張ることで風に対する抵抗性が増す。
亜熱帯では草勢が強いので、野菜を生産する場合は頻繁な草管理が必要となる。 野菜が地表を優占するまでは、草の種類と勢いに応じて小さいうちに対処することが必要。 最初はわざと草を茂らせて土壌づくりに専念する方法も考えられる。
温暖多雨な気候を利用して、亜熱帯性の果実を中心に生産するなら、コストを下げて規模を拡大できる。 本州に比べて果樹の生育速度が早いため、苗木の生産にも向いている。

Tip
亜熱帯はケッペンの気候区分では温帯に含まれ、複数の異なる定義がある。 本マニュアルでは現地の住民の意見に基づいて慣用的に九州南部以南を亜熱帯とした。 なお、亜熱帯と呼ばれる地域の中でも南西諸島は例外的に降水量が多く、世界の中では乾燥地帯が多くを占める。
亜熱帯の南西諸島を例年通過する台風の強風対策には、 パパイヤやバナナなどの成長が早く折れやすい果樹を混生密生させた防風果樹林という戦略がある。 植栽密度を高めることで生産性は落ちるが、互いに支えあって防風効果は高まるため、風表に苗床として配置できる。 逆に、防風果樹林に囲まれた風裏では、マンゴー、シマバナナ などの果樹、グアバ、シマサルナシ、キウイ などのつる性植物を混生して、ある程度生産性を優先した間合いで生育する。
5-4. 乾燥帯
平均気温が高いが降水量が少なく、砂漠のように乾燥して植生が少ない気候帯。
樹木が生育できる樹林気候に属する熱帯・温帯・亜寒帯に対して、乾燥帯は無樹林気候であり、自然放置しても森林が発達しない。 砂漠化している地域が相当する。
砂漠化には降水量の欠如などの自然要因と、過放牧・過伐採など農業による環境破壊という人工要因の2種類があるが、世界の乾燥地域の多くで人工要因による砂漠化が進んでいる。乾燥地帯では植生が失われれば降水量も減少し、一度失われた植生が自然回復しないという悪循環が広がっている。
北米やオーストラリアなどの先進国では、大規模単作農業の弊害として地下水の枯渇と砂漠化が進んでいるが、アフリカ・インド・中国など小規模農業が中心の地域でも、近代農法の適用によって砂漠化の危機に直面している地域が拡大している。 乾燥帯が位置する途上国の多くでは、脆弱な生態系に加えて、社会情勢も不安定であり、貧困・貧栄養・生物多様性の喪失が深刻である。
Tip
森林は雨によって育まれ、地下水を涵養すると同時に、森林から蒸散する水蒸気は再び雨となって循環する。 雨と地下水系は、表土の植物の吸収と蒸散作用によって繋がっている。 降雨、地表植生、地下水 は3者が相互に依存しながら水を循環させているため、森林伐採してしまうとそのサイクルが途絶え、 外的に供給される降水量や地下水が少ない場合は自然回復が不可能になる。 これを生態系のレジームシフトと呼び、一度積み上げた積み木が崩れてしまうと元に積み直すのが容易でないように、 非可逆的な破壊現象として砂漠化を引き起こすメカニズムになっている。
洪水・干魃などの異常気象に対しては、地上の高さと地下の深さの両方で生態系を多様化して適応する。 表土は多年草で覆うことで保湿し、地表が乾燥しても生き残る根菜類やイモ類を配置する。 地上部は多層の草本・木本を入れ違いに配置し、植生群落の垂直方向全体での光合成利用率を高め、 高さの違う作物の混生により水害リスクを減らす。 地下部には深さの異なる多層の根を張り巡らすことで、 地下水の貯留と雨の許容量を広げ、干魃に強く洪水を吸収できる生態系を作る。
乾燥帯と熱帯の乾燥地域の境界に位置するアフリカ・サヘル地域や、より広くサブサハラ各地においてシネコカルチャーが実践され成果を上げており、社会生態系の回復に大きな寄与が見込まれる [Sony CSL] 。
ブルキナファソでの実践に基づく乾燥帯周辺におけるシネコカルチャーの利点は以下の通りである [Funabashi 2024] 。
- 熱帯に近いターンオーバーの速さ:乾燥帯は気温が高いため、植生を密にして表土に水を貯めておくことさえできれば、熱帯のように旺盛な生育が見られる。
- 競合植生(雑草の種)が少ないので導入種の混生管理がラク:乾燥地帯では土着のシードバンクが貧弱なため、野菜など有用植物が優勢した植生を管理しやすい。
- 慣行農法がそもそも導入できない、もしくは生理最適が低いレベルでしか実現できないので社会的に競合しない:環境破壊のリスクが大きいため慣行農法が難しく、それらを独占的に保護する制度もない。 慣行農法でも作物の質が規格化されていないので、産物の質が多様であっても、地域の市場で販売できる。 肥料、機械を継続的に導入するほど所得・資源がないので肥料・機械耕起を使われるリスクが低い。
- 小規模農園での肉体労働が中心的雇用:社会構成員の多くが小規模農家であり、農業生産現場における肉体労働が雇用の中心であるため、 手作業の管理が社会的ニーズに適合している。個別の家計に基づく小規模農家が主体のため、低コストで高い収益率を達成することで直接的な経済効果が大きい。
乾燥地帯において砂漠緑化の過程からシネコカルチャーを導入するには、以下の戦略がある。
- 強健で地を這うつる性の植物で、ウシなどの家畜の餌になる植物を探索する(マメ科のクズなど)。 これをシネコカルチャーの先発隊に使う。
- 水源がある場所からつるを砂漠の方向に向かって伸ばし、伸びた先で茂って根が定着した頃に家畜に葉を食べさせ、 その場に落とす糞で土壌の生産性を上げていく。
- 必要ならつる植物の根元にのみ水をやり、V字型の「鶴翼の陣」の形で少ない水源に対して広い範囲を効率的に緑化していく。
- つる性植物の城壁を数十メートルおきに作り、間に乾燥に強く保水性を高める多年草作物や樹木、牧草を混栽していく。 最初は生産性よりも低コストでの環境作り・種苗作りを優先し、徐々に生産性の要素を高めていく。

5-5. 熱帯
赤道近くに位置し、気温が高く年較差が少ない。 一般的に多雨だが、場所により乾季がある。 降水量に応じて、多種類の熱帯性植物がジャングルを成す。薬用植物資源の宝庫でもある。
東南アジアや南米アマゾンの熱帯雨林など、地球の生物多様性を支える枢要な生態系が位置すると同時に、 それらは森林伐採などの開発により消滅の危機に瀕している場所でもある。 熱帯の土壌は形成も早いが破壊も早く、伐採と耕起による構造破壊をもっとも受けやすい。 さらに、熱帯から亜熱帯にかけての沿岸生態系には、全海洋生物種の25%の生存を支える珊瑚礁が存在しており、慣行農法の拡大は地下水汚染を通じて海洋生態系にも全球的な影響を及ぼす。 海陸の循環まで考慮しながら継続的な土壌構造の形成維持を行えるシネコカルチャーの重要性は高い。
野生のトラなど希少な大型動物の生息地保護と近隣の人間活動を両立させる方法として、インドネシア・スマトラ島でシネコカルチャーが導入された例がある。また土壌劣化が著しいカカオのモノカルチャー農園をシネコカルチャーに転換し、カカオ生産と環境回復を両立させた例がある [SynecO] 。
Tip
熱帯では高い気温と降水量に支えられて、地球上でもっとも多様な動植物や微生物が棲息しているが、有機物の分解速度も早いため表土の形成は薄く撹乱に対して脆弱である。 一見もっとも豊かであるが、その維持には細心の保護が必要な環境でもある。