Synecocultureマニュアル
3. 作物の質、生態系の質の評価方法
3-1. 作物の味と肥料の関係
従来の農業では、作物の味は肥料によって決まる。 例えば、有機肥料にはミネラル分が含まれるため、野菜にはミネラルの旨味がつく。 しかしこれらは人工的に与えた肥料に由来する味である。
シネコカルチャーを継続すると、土壌は生態系の物質循環に参与している成分のみになり、 人工的に滞留している余剰分が存在しない状態になる。 自然循環の促進は、様々な不安定物質を安定化・無害化し、近隣生態系への悪影響を低減し、 生物多様性を増進する方向に物質組成・分布の配分を行う。 原生林を擁する山などで湧き水が飲めるのはこのような土壌を水が通過するためである。 これを慣用的に「クリアな土壌」と呼ぶ。 クリアな土壌は、自然放任された場所ではすでに形成されているが、 無機肥料を施肥した近代農法の後には数年、有機農法の後には8年以上かかると推測される。 他の農法からシネコカルチャーに移行する間も生命力の有る野菜はできるが、味は土壌の残留物に左右される。 シネコカルチャーでクリアな土壌が実現されると、有機野菜の美味しさとは異質な 透き通った味(クリアな味)の野菜 ができる。
Tip
有機農法では有機肥料(分解中の有機物)を土壌に鋤き込むやり方が多い。 未分解の有機物が多すぎたり、すき込まれた場所が深すぎたりすると、土中の微生物が年間に分解できる範囲を越え、肥料分として活用されない腐敗状態になる。 有機物が完全に腐熟・安定化した堆肥であれば土中で腐敗することはないが、耕起した土壌に大量に施肥すれば過剰な栄養分が地下水に流出し水系に影響を与える。 また、畜産廃棄物の牛・豚・鶏糞などは、抗生物質による汚染のリスクが高い。 一方、管理されていない耕作放棄地ではクリアな土壌が回復過程にある。 自然状態では災害などによってしか有機物は地中深くに入らず、それらが地中に長年滞留し、変質したものが原油と考えられる。
透き通った味の野菜:柿の味がするニンジン、芯が甘いキャベツ、茎まで生で食べられるブロッコリーやアスパラガス等
3-2. 害虫の発生
害虫とは、農業にとって有害な作用をなす昆虫種の大量発生を指す。 シネコカルチャー農園には、慣行農法では害虫と指定されている昆虫種も多種共存しているが、 圃場や周囲環境の食物連鎖によって制御されるため、農業生産に深刻なダメージを及ぼすほど増殖しない。 むしろ他の益虫と同じように、受粉や植生更新などの重要な生態系機能の担い手である。 昆虫相のもたらす利益のほうが損失より大きい状態、 単一種が害虫として優勢することがない状態で植生を管理しているのがシネコカルチャーである。 混生度が高い山の原生林で、単一種の害虫が発生しないことと共通する。
植物は、生態系の中で土壌の不要物質を吐き出す「浄化装置」の役割を担っている。 余剰成分を吸い上げる過程では植生が単一化し、それを食草とする昆虫が大発生する傾向がある。 慣行農法では、施肥と単一種の栽培、耕起と農薬による食物連鎖網の破壊が害虫の発生要因となる。 害虫の過度な発生は、土壌に残留している堆肥などの余剰物が原因と推測され、 自然循環の促進により浄化された土壌では経験的に少なくなる。
シネコカルチャーの実践過程で単一昆虫種が大量発生した場合、土壌が浄化を必要としている段階である可能性があり、駆除はせず余剰物が排出されるのを促進する。
外来種の進出など、外的要因で損害が発生した場合は、植生をより多様化してそれに対応できる食物連鎖の多様性を確保する。
3-3. 土壌改良
土壌改良は草木と野菜を用いて自然循環と植生遷移の過程で行い、土壌改良材は一切用いない。
ただし、同一気候条件下での表土への有機物の停留可能量を決める土性(土の鉱物の粒子の大きさ)など、 生物学的・化学的性質とは独立した物理的要素は初期の造成で自由に変えてよい。
もしも宅地などから転用するために、自然循環と植生遷移の過程では回復が遅すぎるほど固まった土地である場合などは、 初期の土壌改良を自由に行うことは可能だが、クリアな土壌が実現されるまではシネコカルチャーへの移行期間とする。
例えば、初期造成において周囲から刈り草など自然由来の植物性の有機物を移動し、 微生物資材などを用いて分解を促進することは土壌改良として可能だが、 微生物資材と外部からの有機物を継続的・定期的に投入し続けながらの栽培はシネコカルチャーに反する。
化学的性質に関しては、pH調整のために初期の土壌改良でカキガラを地表に置くなど、 自然循環を破壊せず、外部からの物質の継続的投入を必要としない範囲で環境づくりを行うことは可能。
植生が乏しい場合は、最初に地表を引っかいて雑草をわざと茂らせたり、成長の早い木を植えて生態系構築する方法があるが、 理想としては有用植物でこれらの機能を実現したい。
Tip
土性改良の例:有機物の混入していない川砂や粘土を圃場に盛る/混ぜる。
<荒れ地の土壌改良の例>
野菜が育たない荒れ地からの植生回復には、レタスやチコリなどのキク科の野菜を中心にアブラナ科、根菜を適宜混生して蒔く。 キク科の野菜は砂礫の多い荒れ地でも育つ。 スギナやドクダミなどお茶に利用できる野草も土壌改良効果があり、イネ科雑草を抑えるので適宜共生する。 カキ、ビワ、柑橘類、ブルーベリーなど荒れ地に強い里山の果樹や、 イチジク、クワやヤマウド、アシタバなど、強くて他の雑草を押さえられる樹木・多年草を用いる。 成長の早い高木を先に植えてしまい、他の植生の成長に応じて間引いていく方法もある。
前作が化学農法や有機農法で肥料の停留が懸念される場合、 エンバクやライムギなどで吸い出して土壌を浄化してから用いるという方法もある。
3-4. 植物組織としての正常さ
シネコカルチャーでは、単に味や栄養素としての作物以前に、生態学的最適化状態に基づく植物組織としての正常さを評価する。 慣用的には生命力と呼ばれている場合がある。 植物組織の正常さを判定する最も実際的で簡単な方法は、 生食した時に 「クリアな味」 と経験的に表現されている風味があることだが、 クリアな味の判定にはシネコカルチャーの産物と慣行農法の産物の比較の経験知が必要である。
厳密に基準をクリアしたシネコカルチャーの産物の摂取者から、通常の野菜品種であっても健康改善事例が報告されている [舩橋2025] 。 また、シネコカルチャーの産物には、慣行の産物に比べて、薬効成分として知られる二次代謝産物が豊富に含まれていることがわかっている [Ohta et al. 2020] [Ohta 2023] 。
Tip
「クリアな味」 は主観的な表現であるが、生態学的最適化状態の野菜を生食する際に 共通して経験される特徴であることから、栽培条件の評価と合わせて、食品の官能分析でも評価することが出来る。
摂取者の健康改善の事例から、植物組織としての正常さと人間の代謝の正常化の関係が推測されている。
3-5. 構造と揺らぎ
シネコカルチャーにおける自然循環の考え方は、構造と揺らぎに定性的に二分される。
構造とは、自然循環が成立する上で人間が介入してはならない対象である。 揺らぎとは、環境条件の揺らぎに応じて変動するため、 その変動の範囲内であれば人為的に介入しても自然循環に差し支えない対象である。
3-5-1. 構造の例
- 植性の競合共生状態(生態学的最適化状態)で実現される土壌構造:
土壌構造を破壊する耕起は、構造への介入になるため行ってはならない。
耕さなくても、草を全て抜いて表土を露出させた場合は土壌構造を形成する根系が失われるため、全除草も構造への介入になる。 ビニールマルチの常時設置なども、土壌構造の形成を阻害するため構造への介入となる。
- 動物相の往来、物質循環:
シネコカルチャー農園の内外を昆虫や鳥類を始めとする動物が自由に行き来することで、微量元素の拡散供給が行われるため、 動物相の往来を妨げてはならない。 また、雨水や地下水との接続が妨げられない露地環境であることが、物質循環が成立する上で必要である。
従って、殺虫剤などの農薬の使用や、完全に昆虫や雨をシャットアウトするビニールハウス内や、 地下水との接続が断たれた室内などではシネコカルチャーは成立しない。
ただし、ビニールハウスの骨組みだけを用いたり、壁だけを用いて天井を全面的に開放したり、 猪・サル・シカなど特定の害獣の侵入を阻む柵を設置したりすることは、 その他の大部分の動物相の往来を妨げるものではないので許容される。
3-5-2. 揺らぎの例
- 日照量:
自然状態でも、岩陰や木陰は存在するように、周囲の建物や樹木などで日照量が変動することは揺らぎの範囲である。 ただし、全く日照がなければ育たないし、ありすぎても土着の雑草にとって有利な環境になる。 発芽時期に部分的・短期的に寒冷紗などで日照量を調節することは許容される。
- 水の量:
降水量は日内でも大きく変動し、季節や年ごとにも変動する揺らぎがあるため、降水量が少なかった時に人為的に潅水することは揺らぎの範囲である。 ただし、過度な潅水は野菜が水ぶくれし正常な植物組織からは遠ざかる。
- 種苗の量と定植時期:
自然状態において種子の量は周囲の植生やシードバンクに依存して変動があるため、 植生戦略の制御目的で種苗を人間が持ち込むことは揺らぎの範囲とみなす。
植物の発芽定着には環境条件や個体差の揺らぎが存在するため、 植生戦略の中で種苗の定植時期を人間が決めることは揺らぎの範囲とみなす。
また、シネコカルチャーが依って立つ生態最適の観点からは、 人間による種苗の導入は生態学的最適化が行われるための初期条件の設定に相当し、 拡張生態系の自己組織化を促す積極的な介入手段である [舩橋2025] 。
- 表土上の自然由来の植物性有機物:
土壌構造が形成されていれば、表土の上に周囲の刈り草など自然由来の植物性有機物を積んだり 、逆に刈り草をどかしたりすることは、土壌構造の維持や地下水汚染に抵触しないため揺らぎの範囲とみなす。
- その他極微量の活性剤:
ホメオパシー的容量(超微量)の自然由来の活性剤や自然農薬は物質循環上無視できるゆらぎの範囲であるが、 その効果については客観的評価が必要である。余計なものはなるべく用いない方が良い。
Tip
近年の農業とともに広がった侵略的外来種問題は、 人間の持ち込んだ外来種が生態系の物質循環レベルにも大きく影響を与えてしまうため、構造にも関わってくる。 しかし、シネコカルチャーで実施するような有用植物の多種混生は、外来種の優勢を抑制し、 土着の生態系に近い多様な物質循環を作り出し、これらの悪影響を改善すると予想されている。
